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東京高等裁判所 昭和25年(ネ)1298号 判決

被控訴人訴訟代理人は「原判決を左のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し別紙目録<省略>記載の建物につき東京法務局世田谷出張所昭和二十年六月七日受付第三一四一号を以て控訴人のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続をなすべし。参加人は被控訴人に対し同上建物につき同出張所昭和二十五年十月十四日受付第一三三一五号を以て参加人のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続をなすべし。参加人は被控訴人に対し同上建物を明渡すべし。訴訟費用は控訴人及び参加人の負担とする。」との判決を求め、控訴人及び引受参加人の各訴訟代理人はいずれも主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は被控訴人訴訟代理人において「控訴人は参加人に対し本件訴訟中の昭和二十五年十月十二日に本件建物を売渡し、同年同月十四日東京法務局世田谷出張所受付第一三三一五号を以て右売買に因る所有権移転登記を経由した。そして現に参加人において右建物に居住してこれを占有している。しかし従前主張の如く控訴人が本件建物の所有権を取得したものでない以上、控訴人から更にこれを買受けて右の如く所有権取得登記をした参加人もまた、これが所有権を取得する謂われなく、右占有も不法のものである。よつて被控訴人は右建物の所有権に基いて控訴人及び参加人に対しそれぞれ請求の趣旨記載のとおりの判決を求める次第である。なお被控訴人妻満その他の者において被控訴人を代理すべき権限があつた旨の控訴人及び参加人主張事実は否認する。控訴人が本件建物につき東京法務局世田谷出張所昭和二十年六月七日受付第三一四一号を以てなした控訴人のための所有権取得登記申請手続に使用した被控訴人の印鑑、印鑑証明書、委任状はいずれも偽造にかかるものであつて、被控訴人の妻満は未だ嘗て訴外徳江良平に対しこれら真正のものを交付した事実はない。そして、(一)控訴人等の主張によるも、控訴人が本件建物を買受けるに当り、その売買の交渉の相手方となつた者は訴外城西住宅社こと江袋源次郎または訴外徳江良平であつて、直接に被控訴人の妻満でなかつたのであるから、同人につき代理権ありと信ずべき正当の理由の存すべき余地はない。仮りに然らずとするも、被控訴人の妻満またはその他の者において所持していたと言う被控訴人名義の印鑑その他の書類は、前記の如くいずれも偽造であつて真正のものでない以上、これが所持の事実は毫もその代理権限ありと信ずべき正当の理由となるものではない。(二)更に仮りに被控訴人の妻満において本件建物売却につき被控訴人を代理すべき権限があつたとしても、被控訴人はその妻満に復代理人選任の権限を授与したことがないから、同人が訴外徳江良平を復代理人に選任しても、右徳江は被控訴人の復代理人として本人を代理すべき何等の権限なく、同人についても民法第百十条の表見代理の成立する余地がない。」と述べ、控訴人訴訟代理人において「被控訴人の妻満は本件建物売却につき復代理人選任の権限をも与えられていたものである。仮りに右満において被控訴人から本件建物売却そのものについて代理権を授与されていなかつたとしても、同人は被控訴人の妻として日常家事につき代理権を有し殊に夫渡鮮不在中家事一切を切りまわしていた実状にあり、而かも夫である被控訴人の印鑑、印鑑証明書、委任状を預かり、これを徳江良平に手交して本件建物の売却方を委任し、かくて控訴人は被控訴人の復代理人となつた右徳江から本件建物を買受けるに至つたものであるところ、控訴人は日常不動産の取引に用いられるこれら書類等を所持する者において本人を代理すべき権限ありと信じて、本件取引に及んだものであるから、右は民法第百十条の適用上前記満ないし徳江が本件売買につき本人を代理すべき権限ありと信ずべき正当の理由ある場合に該当し、本人たる被控訴人はその責に任ずべきものである。」と述べ、引受参加人訴訟代理人において「引受参加人が、昭和二十五年十月十二日控訴人から本件建物を買受け、右売買に因る所有権取得登記を経由したこと並びに爾後右建物に居住してこれを占有していることは認めるが、その余の被控訴人主張事実は凡べて否認する。(イ)元来被控訴人は、陸軍大佐として昭和十六年六月北鮮羅南に赴任するに当り、その妻満にその実印を託し本件家屋に関する管理一切を同人に委託して置いたところ、昭和二十年初頃東京は漸く空襲頻繁となり家屋の焼失するものおびただしく、食糧事情も極度に悪化する状態であつたので、北鮮に居た被控訴人は手紙を以て本件家屋を売却し早く渡鮮するようその妻満に命じたのである。そこで満は右委任の趣旨に従い本件家屋を他に売却して渡鮮すべく決意し、訴外岩田泰子、同徳江良平を介し一旦訴外尾崎某と売買契約を結び、これが所有権移転登記手続のため同年二月二十六日世田ケ谷区役所から被控訴人の印鑑証明書(乙第三号証の二)の交付を受け、別に売渡証書(丙第一号証)本件建物所有権保存登記申請書(乙第一号証の一)建物所有権移転登記申請書(乙第二号証)及び委任状(乙第一号証の三)等の書類を準備して置いたところ、満の渡鮮予定の直前である同年三月十三日突然買受人から解除の申出があつたので、止むなくこれに応じたが、既に渡鮮の日時が迫つていたので、更にこれを他に売却すべく一切を挙げて前記徳江良平に一任し、前記書類(印鑑証明書、売渡証書、登記申請書、委任状)及び右印鑑証明書の印影と同一の印顆(鉄製丸型実印)を同人に託し、必要に応じ適宜右印鑑を使用することを委任して同月十五日渡鮮した。以上の経過の如く本件建物売却につき、被控訴人から適法にその代理権及びその復代理人選任の権限をも与えられていた被控訴人の妻満の選任により、被控訴人の復代理人となつた前記訴外徳江良平より、同年六月七日控訴人がこれを買受けることとなつたのであるが、徳江が預つていた前記印鑑証明書(乙第三号証の二)は同年二月二十六日附で古くなつて登記に使用することができなくなつたので、徳江は前記満の委託の趣旨にしたがい同人から預つた印章を使用して世田ケ谷区役所に被控訴人の印鑑届をなし、(世田ケ谷区役所は同年五月二十五日の空襲により罹災し印鑑簿も同時に焼失した。)その印鑑証明書を得てこれを同年六月七日登記所に提出し、満がさきに準備し右徳江が預つていた前記建物保存登記申請書(乙第一号証の一)建物移転登記申請書(乙第二号証)建物売渡証書(丙第一号証)の日附が昭和二十年三月十三日とあるのを各同年六月七日と訂正し、これら書類並びに委任状(乙第一号証の三)に所要事項を記入して登記所に提出し、代金一万六千円を右徳江に支払い登記を完了した。(因に右代金はその頃人を通じ被控訴人宛に送金された。)以上の如く控訴人は、有効に本件建物の所有権を取得し適法にその所有権取得登記を経由したものであるから、更に同人から買受けてその登記を了した引受参加人の権利には間然するところはない。(ロ)仮りに前記満が被控訴人から本件建物の売却に関する代理権限を与えられていなかつたとしても、次の事実によつて被控訴人において右満の前記無権代理行為を黙示的に追認したものと認むべきである。即ち満は昭和二十年三月十五日東京を出発して同年同月二十日北鮮羅南に到着し、爾来終戦当時まで被控訴人と同棲していたのであるから、本件家屋についても被控訴人に報告した筈であるに拘らず、被控訴人は何等の措置を執らず黙過し、現に被控訴人と同棲中の満が売却斡旋方を依頼した岩田泰子に対し手紙を以て朝鮮に売却代金の送金方を指示し、右岩田は岸武太夫を通じ送金した事実、被控訴人が同年五月頃その部下某をして岩田泰子に対し本件建物の売却代金の引渡を請求させた事実によつて右追認のあつたことを認めることができるし、殊に空襲激化し家屋の如き何時灰燼に帰するかも測り難い当時の情勢下においてかかる追認のあつたことを推認させる情況十分なるものがある。(ハ)前記(イ)(ロ)の主張が理由がないとしても、前記満は被控訴人の妻として日常家事についてその代理権を有している者であるが、特に軍人の妻として長期に亘り夫が外地に滞在中、本件家屋を始め一切の財産を挙げてその管理を任せられていた関係にあり、しかも前に詳述した如く不動産の取引に要するものとして前記真正に成立した各書類並びに印鑑を所持して居り、これらを前記徳江良平に交付して、同人を被控訴人の復代理人として控訴人との間に本件建物の売買交渉をなさしめ、以て右売買を成立せしめたものであるから、かかる事実関係の下においては、控訴人が右満ないし徳江の右代理権踰越行為につき、その権限ありと信ずべき正当の理由あるものであるし、一面においてまた前記の如き非常事態の下においては、空襲のため何時灰燼に帰するかも知れない家屋につきその管理を委託されていた者が、これを処分することもその管理権の行使の範囲に属するとも謂える筋合である。その他控訴人の従前の事実の認否並びに主張を凡べて援用する。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人主張の建物が被控訴人の所有であつたこと、右建物につき昭和二十年六月七日の売買を原因として同日附控訴人のため所有権取得登記のなされていること、更に同二十五年十月十二日の売買を原因として同年同月十四日附控訴人より引受参加人に所有権移転登記がなされ、現に引受参加人において右建物を占有していることは、当事者間に争がない。

よつて先ず右登記されている如く、控訴人が被控訴人から適法且つ有効に本件建物の所有権を取得したかどうかを審按する。この点に関し被控訴人は、右登記は全く被控訴人不知の間になされた不法のものであつて被控訴人は未だ嘗て右建物を他人に売却し若しくは他人にその売却方の委任をしたことはないと主張するに対し、控訴人並びに引受参加人は前記建物の売却方の委任を受け且つ必要の場合に復代理人選任の権限をも与えられていた被控訴人の妻満が渡鮮するに際し、訴外徳江良平に対して右建物を売却して呉れるよう依頼し、控訴人は右のように被控訴人の復代理人となつて徳江良平と本件建物の売買契約を締結し、適法な手続によつて右所有権取得登記を経由したものであると抗争するものである。

そこで本訴に顕れた各証拠を検討してみるに、原審証人岩田泰子、同岸武太夫、同徳江良平、当審証人村松吉郎、同岩田泰子(第一、二回)、同江袋源次郎、同徳江良平、同内田み禰の各証言、原審における控訴人本人の尋問の結果、原審及び当審における被控訴人本人の供述の一部と、成立に争のない甲第四号証、乙第一号証の二、丙第二号証、右江袋源次郎、徳江良平の各当審証言により全部真正に成立したと認められる乙第一号証の一、三、同第二号証、同三号証の一、二、丙第一号証(右の内乙第一号証の一、同第二号証、丙第一号証中各登記所作成の部分についてはその成立に争がない。)を総合するときは、次の事実即ち、(一)被控訴人は軍人として昭和十六年六月頃北鮮羅南に単身赴任し、その妻満は本件家屋に居住してその管理一切を任せられていたものであるところ、昭和二十年初頃から右家屋の所在する東京は空襲激化し家屋も何時罹災して焼失するかも測り難い危険の状態にあり、且つ食糧事情も次第に悪化するに至つたので、これを聞知した被控訴人は手紙を以てその妻満に対し速かに家屋を売却して(被控訴人は嘗て転任の際本件家屋を他人に貸して家を荒されたり、明渡などのことで迷惑を蒙つたことがあつたので今度家が空くようなときは貸すことはしないと常々云つていたことも認められる。)夫の下に渡鮮するよう命じた。(二)そこで満は日頃懇意な岩田泰子に事情を告げてその売却方を依頼し、同人の紹介で訴外徳江良平を知り、一旦同人の仲介で本件家屋につき訴外尾崎某と売買契約を結び、これが所有権移転登記手続をするため右徳江に対し昭和二十年二月二十六日附の被控訴人の印鑑証明書(乙第三号証の二)と同年三月十三日附の同売渡証書(丙第一号証の日附の訂正並びに買主の名宛の記載のないもの)及び登記申請に要する委任状を手交すると共に、同人に依頼して前同日附の建物保存登記申請書(乙第一号証の一の日附の訂正なきもの)前同日附の建物所有権移転登記申請書(乙第二号証の日附の訂正なきもの)を作成せしめて準備して置いたところ、恰かも右満が渡鮮を予定していた同年三月十五日の直前に、買主から解約の申入があつたのでこれを承諾すると共に、出発まで余日がなかつたので、右徳江に対し前記の如く既に準備を整えた各書類と右印鑑証明書にある印影と同一の印顆を同人に託し、必要に応じて適宜右印鑑を使用することを委任し、適当の条件で本件家屋を他に売却方を依頼し、以て同人を右家屋売却に関する被控訴人の復代理人に選任して同月十五日渡鮮したこと。(三)その後同年六月七日頃前記徳江は前記委任の趣旨に基き、訴外城西住宅社こと江袋源次郎の仲介で控訴人に対し、代金一万六、七千円位でこれを売渡すこととなつたが、これが所有権移転登記手続をするに際し、前記徳江が預つていた昭和二十年二月二十六日附の印鑑証明書(乙第三号証の二)では古くなつて登記所に提出することができなくなつて居り、且つ世田ケ谷区役所は同年五月二十五日罹災し印鑑簿も焼失していたので、同年六月四日前記満の委任の趣旨にしたがい、預つていた被控訴人の印鑑を使用して新たに印鑑届をし、その印鑑証明書を得て、これとさきに準備して置いた前記建物保存登記申請書(乙第一号証の一の日附の訂正なきもの)建物移転登記申請書(乙第二号証の日附の訂正なきもの)同売渡証書(丙第一号証の日附の訂正並びに買主の名宛の記載のないもの)の各日附に昭和二十年三月十三日とあるのを同年六月七日と訂正し、これら書類並びに委任状(乙第一号証の三)に所要事項を記入し、登記所に提出して登記を完了し、右代金も右徳江において受領済であることなどが認められる。右認定に反する被控訴人の供述は俄かに採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の事実に徴して考えると、被控訴人は本件建物を売却するにつきその妻満にその代理権を授与していたことは明らかであり、ただ復代理人選任の許諾の有無に関する直接の証拠はないが、前示認定の諸般の情況に照らし明らかなように、満が被控訴人の命によつて本件家屋を売却して急ぎ渡鮮せんとした当時は、戦局緊迫した真に火急の場合であつて、何時成立するか判らない売買のために渡鮮をおくらせて自らその衝に当ることは不可能な状態であり、かような場合には信頼する適当な第三者を復代理人に選任することをも被控訴人において予め了承の上その妻に売却を命じたものと推認するのが相当であり、且つまた右満が前記徳江を復代理人に選任したのは民法第百四条に謂う已むことを得ない事由あるによるとも解し得るのであるから、控訴人と前記訴外徳江良平との間に締結せられた前記売買契約は、適法な権限を有する被控訴人の復代理人との間になされたものとして有効であり、その登記手続も間然するところがないと謂わねばならない。

してみると被控訴人が、今なお本件建物の所有者であることを前提とする被控訴人の本訴請求は、爾余の点につき判断を加うるまでもなく失当として棄却すべく、これと反対の見解に出でた原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条により原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第八十九条第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)

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